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June 08, 2005

「12人の怒れる男たち」と「12人の優しい日本人」・・・裁判員制度と今の「日本人」

 47thさんが、「陪審制度」は合理的?」で、裁判員制度について陪審制度と絡めて書かれています。
 やることはもう決まってしまっているので、この4年間で実施までの枠組みが整備されていくのでしょう。ろじゃあは、日本にも戦前、陪審員制度があったと、今一橋大学におられる後藤昭先生に聞いてびっくりした記憶があります。
 ろじゃあは、陪審員制度というとタイトルに掲げた二つの映画をすぐに想起してしまいます。まだ、見たことも聞いたこともないという方は是非ごらんになっていただければと思います。
 両方とも掛け値なしに面白い作品です。
特にろじゃあは「12人の怒れる男たち」への思い入れが強いですねえ。なんたって・・・

主演の「アメリカの良心」と言われたヘンリー・フォンダがいいのです。
 昔、学生時代にこの映画を見て、こういう人がアメリカの民主主義のシステムの礎として制度を支えているのか・・・と感動したものであります。

輝かしいアメリカの時代と民主主義
 1957年シドニー・ルメット監督の手になるこの作品は、アメリカがもっとも輝いていたかもしれない時代に作られたわけですが、作品自体もかなりチャレンジングなつくりをしていまして、実際に見ている観客の時間の流れと劇中の時間の流れが一緒で、場面も基本的には陪審員たちが協議している控え室の中のみという演出であります。もともと、舞台劇だったんかなあ・・・と思ってたのですがどうやらTVドラマだったようですね。
 物語は、スラム街に住む17歳の少年が殺人の嫌疑をかけられ満足な弁護士によるアドバイスも受けられないこともあり、「推定有罪」の状態で陪審員たちが協議するあたりから始まります。ランダムに選ばれてきた陪審員たちは早く協議して結論を出すことを望んでいます。あるものはヤンキースの試合が気になってしょうがないとか・・・。そしてその少年の犯行に違いないというところでまとまりかけたところから、ヘンリーフォンダが待ったをかけるのです。もう少し考えて見ましょうと。そして、彼は次々と他の陪審員を説得していきます。

手間がかかるシステムとしての民主主義
 一歩下がって時間をかけてもう一度考えてみよう・・・この姿勢が段々と他の陪審員たちにも影響を与えていきます。その途中で陪審員の人たちにもいろいろな事情があることにも触れられ、それでも合意を形成するために努力しなければならないんだということが伝わってきます。自らの息子がどうしても許せない父親が素直に嫌疑をかけられた少年を見ることができないとか・・・。そんないろいろなバックグランドを持った人間が市民として関与することがシステムを支えていることが明らかにされ、民主主義とは実は手間がかかる効率の悪いシステムである・・・しかし・・・ということが最後のほうには観客にも感じられるようになります。この「説得」を通してよりよい合意を形成していくという姿勢にろじゃあは打たれました。実は、ろじゃあが将来的には法律関係の仕事がしたいなあ・・・と具体的に考え始めるきっかけになった作品でもあります。いまも、ろじゃあにとってアメリカのイメージはこの作品世界のかもし出す「理想」と「良心」です。残念ながら今のアメリカはそれとは相当違うところにいってしまっているような気がしておりますが。

中原俊監督と「優しい日本人」
 「12人の優しい日本人」の方は、この作品へのオマージュというか、もし日本に陪審員制度が導入されたとしたらどうなるかという設定から物語が紡ぎ出されていきます。東京サンシャインボーイズが演じた舞台「12人の優しい日本人」を映画化した作品で、脚本は三谷幸喜と東京サンシャインボーイズ、監督はあの「櫻の園」の中原俊とろじゃあからすると監督さんだけでも必ず見てしまう作品だったのです。こちらは、設定がむしろ逆で、ほかの陪審員の人たちは嫌疑をかけられた人物について有罪という心証を持とうとしない。ひとりだけ、有罪と思って他の陪審員の人たちに「話し合いましょ」と説得して回るということになります。これは日本人の心情をよく反映させているなあというところがあります。少なくとも当時(1991年作品)の空気を前提とすればですが。映画の方にはブレークする前(?)の豊川悦司が出てたり、舞台のほうでは西村雅彦さんが出てたりと突っ込みどころも結構あります。
 
「気になるヤンキース」+「話し合いましょ」=規範としての神の不存在と日本人的ファシズム?
 ろじゃあは、少しく心配しております。中原監督が描いた「優しい日本人」の感性は変容していないかと。実際に裁判員制度が導入された段になって実際に裁判員として刑事事件に直面する方々は、事なかれ主義で先送り主義で他人に「優しい」存在でいられるのだろうか・・・むしろ現在の時代状況からすると、積極的に「推定有罪」的にコミットする方々の割合が増えてしまうのではないかと。これは、たぶんに、91年というバブル完全崩壊前の時代環境と失われた10年後の環境の差が大きく関係してしまう可能性があるからだろうと思っています。他人に厳しくなり始めている日本人、わかりやすい議論を好む日本人・・・昨今の企業不祥事におけるコメントやら一般の反応を見てみればこれは杞憂ではなく懸念であることについて賛同いただける方は多いのではないでしょうか。
 ろじゃあは個人的には裁判員制度の現段階での導入にはネガティブです。そもそも、アメリカでその前提にある理念は存在しているとは言えませんし、自己の判断というか決断について、常に神様と対話をしつつ規範に直面して判断を行うという行動様式も一般的にはありません。そして、「12人の怒れる男たち」の中のヤンキースの試合が気になって仕方ないキャラと「推定有罪」で「話し合いましょ」というキャラが前面に出てしまう・・・そんな最悪な行動様式が想定されるかもしれないのです。そうはあって欲しくはないのですがね(^^;)。
 そのためにも・・・もうすこし、人を裁く過程にコミットすることの意味を国民として認識するための枠組みが必要だと思います。この2作品を是非基本テキストにしてほしい(^^)。「12人のおかしな大阪人」を入れてもいいです(←ちょっとディープすぎるねたですかねえ。あの「生瀬勝久」さんの脚本です)。そして、裁判所の判断の効率化やリスク分散の手段となることのないよう(もっとも、そんなことは考えてはおられないでしょうが)、この制度の普及に際しては十分上記懸念に留意してほしいものだと思います。

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Comments

こんばんは。ろじゃあさん、記事100本突破おめでとうございます。このたびの私のエントリーはブログの趣旨とは逸脱しておりますが、あちこちのブログで裁判員制度のことが出ておりましたんで、自論を書きました。。模擬裁判の後の市民の感想は新鮮でおもしろかったですよ。マジで当事者の法廷での振る舞いに違和感を覚えていました。パフォーマンスというよりも、もっと基本的なところ、人間の仕事に対する姿勢のようなところから、私たちも考え直さないといけないみたいです。

Posted by: toshi | June 08, 2005 at 06:27 PM

「怒れる」の方は中学生ぐらいに劇を見て、そのときは、アメリカはすごいなぁ、とシンプルに思ったりしたことを覚えています。このテーマは、やはりアメリカ人のツボらしく、つい最近もブロードウェイでリバイバルが人気でした。
「優しい」と「大阪人」の方は残念ながら見たことがありません。特に後者は興味ありですが(生瀬さんてトリック出てましたよね)。
ろじゃあさんの記事を読んで、ちょっと思ったこともあるので、また少しとりあげてみようかなと思います。

Posted by: 47th | June 08, 2005 at 11:47 PM

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