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June 06, 2005

JR西日本脱線事故とマンション補償交渉・・・提示された内容と提示方法の妥当性は?

5月16日の記事「JR西日本列車事故とマンション関係の法律問題」で、ろじゃあが懸念した、マンションという不動産特有の問題に起因する交渉の困難さがどうやら現実のものになりつつあるらしい。やっぱりJR西日本サイドは一括買取方針で対応してきましたねえ。
Yahoonewsの「(尼崎脱線事故)JR西日本、マンション住民に補償説明も物別れ」によると、5日、マンション住民とJR西日本の垣内社長らが話し合いの機会を持ち、謝罪とマンションの補償内容について説明がなされたとのこと。だが、途中から住民の一部が退席してしまったようで。記事によると説明会後の取材に対して垣内社長からこんな発言があった模様。

「通常は時価だが、購入価格としたのは踏み込んだ提案のつもりだ」

この発言との関係で住民の一部からあった上乗せについては否定したと報道されている。
この発言の前後に何か言及があったのでは?とも思うところもあるのだが、以下は報道されている内容を前提に考えていくことにする。ちなみに、この普通は時価だが取得価格という理屈は前回触れた三菱マテリアル等の事件での和解内容を相当意識していると思われるが、仮に意識されていたとしてその場合にあの件と今回の件の解決は同じでいいのだろうか・・・という問いかけはJR西日本内部でなされたのであろうか。事例の相違はあるべき解決方法にも影響を与えるという発想が必要な部分はあるように思われる。
この報道を前提に今回は法律論をあまり全面に出しすぎずに交渉や広報の問題として考えてみたい。

このJR西日本との交渉に先立って、神戸新聞によると2日に住民で集まりがあり、以下のようなことが確認されてたらしい。

(1)住環境を元通りにする
(2)住民が受けた心の傷への十分な対応
(3)現在の仮住まいは話し合いが解決するまで確保する―を柱に補償問題を協議することを確認
さらに、JR西日本に専用窓口や担当者を置くよう求めることも決められた。
 それに対して、5日、垣内社長が、「幸せな暮らしを壊し、苦しみを与えてしまい、申し訳ございません」と謝罪した後に担当者から示された補償方針は以下のようなものだったとのこと。
(1)購入価格での買い取り
(2)事故による心身の不調にかかった治療費の負担
(3)新居に移るまでの仮住まい家賃の負担
項目としては、マンションについて、心の傷の取り扱い、仮住まいの件と意識されている項目は重なっているが、それぞれ双方のベクトルには微妙にズレがあることがわかる。

元の住環境か買い取りか
 (1)については、JR西日本からすると通常の法的処理の「相場」よりは踏み込んでいるといいたいのではないかと思われる。仮に買取にするとして通常は時価だろうということである。ただ、これは不法行為を行った当事者との関係であまり強調することができる点ではないというのが世間「相場」というものであろう。バブル期に購入したマンションの減価分について分譲者が負担すべきかどうかという論点があるが、この問題とは次元が違うという認識はあるのだろう。分譲業者は経済行為としての価格変動リスクは買手に帰するのが通常であるという「正論」を主張しやすい環境があるとも言いうるからである。それに対して、「私的な所有権の領域に土足で踏み込んできた(法的に言えば従業員の不法行為及びその使用者責任の問題)のはJR西日本である」という批判にはなかなか同じ立場では発言がしにくいということは想像に難くない。
 とは言え、物件の特殊性についてはもう少し配慮の余地はあるだろう。現に、補償交渉がまとまっても、その時点で住宅を購入できるか不安であるという懸念を表明している住民もいるようである。これは前回も指摘したが、ローンを組んでいる人が相当程度いるだろうし、追加融資が受けられるかどうかわからない場合には特に重要な要素になる。この点で前回触れた三菱マテリアル等の事例をそのまま当てはめると問題があると思われるのだ。 そして、更にはこれはおそらく、当該物件が市場の相場より割安であったということをどちらに「寄せて」考えるべきかの問題でもあるだろう。報道によれば、この物件については、

2002年11月に完成した同マンションは鉄筋コンクリート9階建て、分譲価格2700万~1700万円。近くのマンションに比べ手ごろな価格が人気を呼んだ。事故後の国土交通省の調査では、マンションを支える柱に大きなひびなどはなく、構造上、建て替えの必要はないと判断された。

という事情があるようである。
 当該物件について購入時に市場を調査し、その努力により割安な物件をゲットする(^^;)ことによる「割安感」は当然買主に帰属すべきであるというのが「世間の常識」であり、それが不法行為の当事者に帰属するというのは民法上の損害論の問題は別にして一般にはわかりづらい理屈だろう。損害論の問題としても、購入価格で買い取れば問題ないとは直ちには言いがたい側面もある。上述したように、購入者の努力で割安物件を見つけたがゆえに、急に同等のものを市場で探す場合には容易に見つけることが困難なのはむしろ当然である。JR側の不法行為及び使用者責任の問題がなければ、転居を前提に新規物件を探す必要はなかったのであるから、同等の物を購入するために必要な費用の分まで行為との相当因果関係があるという立論もあながち無理があるとは言い切れないだろう。このような「感情と理屈」は、有能な法務担当者と弁護士がついていれば経営陣は容易にその主張の可能性について理解することは可能である。その割には、話し合いの進め方がうまかったかというとそうとは言いがたいように思われる。せっかく、毀損された企業イメージを回復させる(というかこれ以上下げない)ために、トップが直接出向いて自社の有責性について表明するところから開始した割には、その場で「上乗せはできない」と主張するのみで住民を退出させてしまう原因を作ったのだとすれば、これは主張の当否はともかくとして、リスクマネジメントと被害者との交渉の「方法論」についての認識に問題があったといわざるを得ないだろう。その場で「上乗せはできない」と強行に主張したのかどうかはわからないが、この交渉の巧拙については、より反省すべき点があるように思われる。現に住民側からは「購入価格は比較的安く、同じ条件のマンションは見つけられない」との反発があり、JR側は「上乗せはできない」という立場であることが、報道では強調されている。

買取の以降の背後にあるもの
 買取を前提として最初から交渉する姿勢も誤解を生む可能性がある。これはあくまでも不法行為事案であることはやはり忘れてはならないだろう。買取と修繕では決定的に違うことがある。買取を選択すればその後修繕したり建替えたりすることでそれはJRの資産としてその後活用できる余地がある。一方、住民の意向を汲んで住み続ける前提で交渉すれば、前回ろじゃあが書いたように住み続ける住民と買取を希望する住民の双方のケアの問題が出てくると同時に、建替えることにいより再販売を行う等の行動が制約されることになる。現段階ではJR西日本はこのような指摘に対しては心外であるというかもしれない。しかし、住民側が元の住環境の確保を前面に出している段階で、買取原則を過度に強調する交渉姿勢を示すような場合にはそのような「誤解」をされるのはむしろ当然かもしれないと想像してみることがリスクマネジメントの観点からも重要である。この点は交渉に当たる者そして、そのシナリオを各担当者や弁護士が当然想定しなければならないことである。しかし、交渉の経過を新聞で見聞きする限りではそのようなことが想定された余地がないかそこに行くまでに交渉のテーブルが崩れたという外形のみが残ることとなったようである。最終的には法的に勝てると思っての行動なのかもしれないが、現状ではその副作用のほうが経営上のリスクとしては大きいのではなかろうか。社内でこの点について内部統制の問題として具申する人材がいないわけではないと思われるのだが。その点非常に残念である。

心身の不良への対応について
 (2)について言えば、住民側は心身の不良についての対応を求めているのに対して、この点、その治療費が項目として報道されている。マスコミの報道の特性かもしれないのではあるが、住民にいま必要なのはケアの対応であって、その治療費の負担のみの問題では当然ないだろう。この辺ももっと交渉の仕方は工夫できなかったのだろうか。JR関係では医療施設も充実している場合も多いのでその系列の病院で優先的に診療してもらえるような対応を図るとか、優先的予約や夜間等の便利な時間での対応時間の延長など具体的ない対応として独自にできる項目はいくらでもあるだろう。それなのに何故「治療費の負担」という形でしかマスコミに報じてもらえない広報体制ですますのだろうか。これらの点を本気で模索しているならマスコミも伝えてくれるだろう。もしそれでも伝えてくれないならそれはマスコミが悪いということなのだから正々堂々と反論すればよい。

家賃を負担すればいいのか?
 大体住居の家賃等の負担の問題についてもそうである。むしろ住民が気にするのはいままでの生活、特に小学生などの子供の学区の問題など、金銭的に必ずしも換算しにくい部分についての視点である。なるべく同じ環境で生活することを求めて何故悪いのか・・・彼らは「世間常識」でそう考えているのではないか。これに応えるにはなるべく意向に沿うような住宅を一緒に探すことである。 これに「法的理屈」のみで対応するのは牛刀で○○を切るようなもんである。契約の問題で法的に争う余地が多い場合の対応と、今回のように冒頭から自分達の落ち度と責任を認めて謝罪するところからはじめる場合の対応をごっちゃにしてはいけない。せっかくいままで現場の社員が汗を流して住民の対応をしてきたとしても、あの場でのやり取りで多くがマイナス評価になってしまうだろう。
 もしそれがいやならば、最初から法的責任を公に社長が認めたと立証してくださいというような「全面謝罪」(実際の発言はどうであったのかは記事から推認するしかないが、ビデオにとられていなくても(あれば万全?)出席者の証言等で十分可能であろう)から交渉を始めずに、対等な立場で交渉の余地が大きい当事者関係型の交渉スキームを採用するべきである。こういうちぐはぐさ・・・本心はどちらなのかを相手方に惹起させるのはこの「気持ち」と「方法」のミスマッチだというのはうがった見方過ぎるだろうか。
 
 これらの溝は埋められるのだろうか

 冒頭、ろじゃあは、「この報道を前提に今回は法律論をあまり全面に出しすぎずに交渉や広報の問題として考えてみたい。」と書いた。同じ事柄について書くにも表現の仕方でこれだけ違うんですよ。えっ?意味が判らない?・・・まあ、それはそれで・・・(^^;)。ではでは。

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Comments

初めまして、ろじゃあさん。にょぶろと申します。
今回の記事、非常に勉強になりました。
被害を受けた方は相手が「法律」で定められた?ものは意味ない数字や筋であって、自分の中で受けた損失を肌で感じたものを欲しいんですよね。いつも拝読しておりますが,今回もわかりやすく解きほぐしてあり参考になりました。

どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします♪

Posted by: にょぶろ | June 06, 2005 10:54 PM

にょぶろさん、おばんです。
TBと引用ありがとうございます。
お父様の件、紋切り型の対応をされたということなんですね。
心が痛みます。同じ結果になるとしても説明や交渉過程に担当者の配慮があるのとないのとでは感じ方で雲泥の差が生じると思うのですが。企業の方も、この分野での人材投資とか制度整備がCSRの点や企業の評価の面で「愛され方」が違うということにもっと留意すべきだと思います(これぐらいのインセンティブがないと企業は動かない傾向がありますからこういう表現になってますけど、ホントは人間として被害者側の気持ちを大事にするのは当たり前・・・ってとこから出発すべき問題だと思います)。
 交通事故等の関係では、ある程度の「人の命の値段の算定」のための方式が存在しますが、それも行為者と被害者の過失で調整されることになりますし、すべての場合にリジッドにそれのみで解決されるという訳ではないわけで。消費者保護とか契約者保護とかが問題とされる割には、こういう交渉ごとの被害者保護(というか被害者感情への配慮)が問題とされない傾向があるかもしれません。認定の問題になっちまうので消費者法の関係者の方々はやりずらいんですかねえ。ろじゃあはあまりよくわかりません。
また、いらしてくださいね。ではでは。

Posted by: ろじゃあ | June 08, 2005 12:03 AM

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Tracked on June 06, 2005 11:23 PM

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