企業法務マンの生きる道?
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上場企業法務マンサバイバル日記というブログでpopoluさんが以前次のようなことを書いていて、どうしても頭から離れないでいたのですが・・・。
法務部勤務になって丸3年が過ぎようとしていますが、最近私は自分のキャリアに危機感を抱いています。そしたら、次のようなボヤキが・・・
今後日本が訴訟社会化し、法曹改革で弁護士が増えれば、企業内の法務部の存在意義がなくなるのではという危機感です。
一般の方から見た場合、海外留学経験があり、英文契約をさらっと書けるようでないと、「法務のプロ」とは認めてもらえないんですかね・・・元気出せよぉ、まだ若いんだろ!って感じになったので、以下長め版のコメントです。
popoluさんの2つのエントリーと併せてお読みください。
法務のプロねえ・・・。
一日中英文契約書と格闘している人の中でも将来それを生かして経営者のサイドに回る方もいるし、ずっと英文契約書と格闘し続ける事で英文法務のプロになる人もいるし、意に反して別のセクションに行く人もいるし・・・
新卒採用の記事とかってろじゃあも載せてもらったことありますが、割り引いて考えるべき「点」の絵です。
留学の話にしてもめぐり合わせみたいなものもあるしねえ。
バブル期に同じ文句に惹かれて実際に留学できて戻ってきたら梯子が外れてたって上の世代の方々も昔は結構おられましたし(まあ、昔はロースクールじゃなくてMBA関係ですけどね)、「点」だけでなく「線」と「面」そして「時空」まで考えて、ビジネスキャリア形成は考えるべきですよ。
先般のエントリーの法務部員の行く末ですが・・・ろじゃあも益々需要は増えると考える立場です。
いくら数が増えても実需に応えることができるプロは、
閾値として一定の社会経験と良識と専門知識の活用能力が必要です。
法務マンでも弁護士でも
「ただ法律を知ってるだけ」では「ひとりで」前線では活躍させてもらえないのはいっしょですよ。
まあ、討ち死に前提で投入される場合もありますが(^^;)。
少なくともpopoluさんの目指す「法務キャリア」とはちょっと違うような気がしますし。
くだんの弁護士先生がおっしゃってた「通訳」ということばがキーワードです。
もう少しこのことばを「プロ」の仕事として吟味してみると自ずと何かが見えてくると思いますよ。
長々とすいません。
まえからあのエントリーは気になってたもので。
この「通訳」としての法務部員の能力はなかなか養成しづらい能力なのです。
条文をそのまま目の前の仕事に当てはめれば・・・などと簡単に思っているうちは安心して仕事は多分任せてもらえません。
法律や法を使って仕事の問題を解決していくためには、この法律や法を知ること「だけ」ではできないのですね、ビジネスの場面では。
当てはめられるだろうと思われる「その仕事」というか「案件」を理解する能力がなければ「当てはめ」が空振りになる確率が増えてしまいます。この空振りを最小限にするためには弁護士のサイドでもこの案件の理解力が必要ですし、この案件を弁護士にわかりやすく「理解させてあげる」能力が法務部員には必要なのですな。
しかも、「理解させてあげる」なんて正面きって話したら弁護士先生のプライドずたずたですし、ふざけるなということになりますから、それなりの謙譲と社会常識とエチケットも必要で。
さらに、これだけで終わらないのが法務部の仕事の奥が深いところで。
その「所見」を関係セクションに理解させる能力も必要なのです。
しかも、担当者に理解させ、担当者の上司に理解させ、そのセクションを所管する取締役にも理解させ・・・これを弁護士が行うにはその弁護士に相当のビジネスに関する知識と能力そして・・・場合によってはビジネスセンス(^^;)が必要になってきます。
価格のダンピング「だけ」でできるサービス(役務)ではないのです。
この点が価格ダンピング「だけ」で何とかなるということを全面に出す事務所に、安心してコンプライアンス関係の仕事を任すとしたら・・・その会社はコンプライアンスの何たるかを最初から検討する必要があるかもしれません(^^;)。
それにいくつかの「解」があるのが普通ですから(最適解っていったってパラメーターが何か?から考えないとビジネスでは役に立たないっす)、システム関係の適応可能性やコストの問題までかかわってきますし、企業会計上のお話も上場会社なら大きな問題として当然出てきますし・・・これはビジネスのサイドで考える必要のある項目です。
もちろんこれらの問題も考えないとそもそもリーガルサービスとして質とレベルが確保できない領域もありますけど(証券化の領域とかはそうですねえ)、仮にそれが弁護士から提供されても「自分の問題として」企業内で「得心」するあるいはさせる必要が経営としてはあるのですから(経営とは最終的には経営者による数々の「決断」の集積ですからねえ)、そのための作業に必要な専門的な情報は法務部がなんだかんだいってわかりやすい形で提供せざるを得ないのではないかと思うのです。
まあ、この話はとてもひとつのエントリーで語りつくせる話ではないのですが・・・まだまだ日本の企業には法務部員の担うべき役割は山積してるように思うのですがねえ(たとえそれが法務部という名称の組織でないとしてもですけどね)。


Comments
長めのコメントになってしまうかもしれませんがご容赦ください。
私事で恐縮ですが、「海外留学」させてもらって、日々「英文契約」と格闘している(すらすらとは書けていない…?)企業法務マンの端くれです。まだまだ社内的には「法務のプロ」とは思われておらず、将にそれを目指しているところでもあります。でも、その性格のせいか、能力のせいか、遅々として進歩していないような絶望感に襲われることもしばしばです。
popoluさんが憂慮されていたコトは私自身も思ったことがありますが、いろいろと考えてみて、ろじゃあさんが書かれているところとほぼ同じような結論に現在は至っています。
帰国してから5年間、国際法務の舞台で思う存分にその実力(?)を発揮したいと思いながら、全くそれらの案件でお呼びがかかりませんでした。相談に来る営業担当者にはそれなりに信用を得ていたと思うのですが、その上司たちが絡んでくると…?「法務には確認したのか?」BY営業部長又は役員 「ええ、Deaconに確認しています」BY営業担当 「Deacon?誰だそれは。○○君(Deaconの上司)に聞いてみろ。」BY営業部長又は役員 という展開でした。こういった中で私の上司が「既にDeaconが担当しているようですから、引き続きDeaconにやってもらってください。彼で問題ありません。」とか、営業担当者が「私はいつもDeaconに相談しており、本件もお願いしています。彼で大丈夫です。」と言ってくれるようになり、ようやく去年あたりから海外出張が急増しだして、営業部門や研究部門の方々と一緒に相手方との契約交渉の席に着かせてもらえるようになりました。まあ、こういった営業担当者が5年の間に営業部長になっているっていうのも幸いしていますが…(^^;)。
出張前には彼らを連れて弁護士さんに相談にも行きました。そして、会社に帰ってからのフィードバックも当然あります。いわゆる日本語にしろ、英語にしろ「通訳」の重要性を感じる場面ですね。
「一般の人」を「社内のクライアント(営業や研究)」とした場合、確かに格好や肩書き(留学経験、弁護士資格等)も尺度の一つかもしれませんが、やはり「その人がどれだけできるか」が「法務のプロ」かどうかの実質的な尺度であり、その「何をどれだけできるか」は、ろじゃあさんが書かれているようなことになるのではないかと思っています。逆に言うと、これができないと(たとえ肩書きがあっても)淘汰されていってしまうのではないかとも。
とにかく、今は自分の「クライアントさん」に信用してもらえるような仕事をビシッとできるように頑張ろうと、そして、早くろじゃあさんがおっしゃっているような役割を果たせる法務マンになりたいと思っているところです。
ろじゃあさんが投げたボールを真芯で捉えたかと思いきや、キャッチャーフライのような、いや空振りか?削除しようと思いましたが、ここまで書いたエネルギーももったいないので、恥を偲びつつ…。(長文、失礼いたしました。)
Posted by: Deacon | March 08, 2006 at 10:20 PM
Deaconさんへ
いつもどうも。
まさに真芯で打ち返していただいてると思いますよ。
やはり職場としてのいい環境はいい法務マンを生むのですね(^^)。
>これができないと(たとえ肩書きがあっても)淘汰されていってしまうのではないかとも。
Deaconさんは少し控えめに書いてくださってるのだと思いますが、淘汰どころかたぶん入り口から入れないと思います。仮に入り口で入れたとしてもそれは肩書きが一時的に「評価」されただけで結局早晩撤退せざるを得なくなると思います。
ろじゃあは「資格社会の陥穽」だと思っているのですが、「資格」に罪はないのであってそれ「のみ」で仕事ができるという「誤解」に早めに気づけるかどうかが長い眼で見ると大切だと思います。その意味では「弁護士」という資格は大変というか振り回されてしまうとその方はかわいそうだと思います。社会的な「評価」のレベルが最初から高いですからねえ。
かといって誤解には自分で気づかないといけないという・・・。
企業の法務マンってそれほど若手の弁護士に親切とは限らなかったりしますから(^^;)。
実は企業の中では法務マンが同じ立場に置かれる危険性があるわけです。あいつは「プロ」なんだろ?というところが過度に強調されたりしてね。最初の数年は「お豆」として育ててくれるところはむしろ幸せなのであって、多くは配属からこの誤解との戦いが始まったりします。
その時、・・・運不運もありますが、直属の上司の資質は重要です。あと、法務部長の資質も。
彼らの企業人としての厳しさと管理職・上司としての「成熟度」に法務マンのその後がかかっているといっても過言ではないのですが、これが理解できない「上司」もいるわけです。このときにどうするか・・・目の前にいろいろな「不安」がいろいろな形で浮かび上がるのはこんなときです(^^;)。
でも逃げちゃだめです(^^;)。
うまく退却する道を確保しつついろいろ選択肢を考えるのはよいのですがねえ・・・。
あと、うまく彼らを「矯正する」術も身につけないといけなかったりしてね・・・(^^;)。これは企業で仕事してると身につけることは可能です。不思議なことに「矯正」されてることに気づきながら「矯正」されてくれる上司も結構いるのですよ。企業って不思議です。
ついついろじゃあも長くなってしまいました。
これらはまたエントリーとして書かないといかんですね。
またよろしく。
Posted by: ろじゃあ | March 09, 2006 at 02:17 AM
コメントくださいまして有難うございました。
すべての法務マンが無価値になるかのような言い方をしてしまったことについては、反省しております。
あくまでも私自身の危機感である点、補足として新しいエントリを書かせていただきました。
今後とも宜しくお願いします。
Posted by: popolu | March 11, 2006 at 12:19 PM
popoluさんへ
今の若い人は感受性が高いんだなぁ・・・かえって悪いことしちゃったなあとろじゃあも反省しております。
popoluさんのエントリーにコメントさせていただいておりますように、popoluさんの問題提起は法務で仕事してる人間の共通の課題だと思うのですよ。こういう課題は自分たちの世代で何とかすべき側面もありますが、それ以上に上の世代のおじさんたちがこういう若手の悩みと不安を理解してくれないとしわ寄せは常に若手に来てしまいます。その意味ではすごく貴重な問題提起なのですよ。
ただ、不安になるばかりでは毎日が楽しくないじゃないっすか。仕事は楽しいとかそういう類のもんではないと誰かさんに怒られそうですが(^^;)、最大の効果を希求しつつ少しでもいい気分で仕事できる環境の設計には貪欲であるべきです。
これは上の世代の仕事だし経営者に近い人間や管理職が配慮すべき重要な要素です。
だからね・・・恐縮しないでもっと堂々と懸念は口にしていいと思いますよ。それがブログでの横のつながりのいいところでもあると思いますし。
引き続き遊びに来てくださいね。
Posted by: ろじゃあ | March 11, 2006 at 01:20 PM