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June 05, 2007

終戦直後の総天然色の祖国日本

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今週号の週刊現代の巻頭グラビアは、ろじゃあの何かを衝き動かした。
日比谷の第一生命ビルにあった進駐軍総指令部。
いまやこれをGHQと称し何の略語かと聞かれても知らないのが当たり前の世代が多数を占めているのだろう。
これを日比谷通りを中心にし、恐らくは帝国ホテル方面から俯瞰した昭和22年の東京の皇居お堀ばたの一風景。
これが

総天然色で
ろじゃあの視界に飛込んできた。
芝の貯金局に勤め、戦中は国債?の販売業務もやってたんだからという戦前の元オフィスで働く女性だった母が歩いたという日比谷通りはこんな顔をしていたのか。
すぐにAmazonで

このカラー写真を撮ったGHQの専属カメラマンのディミトリー・ボリア氏の名前を検索して注文を入れたのだった。

杉田 米行 (著), 西坂 和行/堀井紀公子 (編集) 「GHQカメラマンが撮った戦後ニッポン (大型本) 」 アーカイブス出版; ¥ 4,935 (税込)
「こういうやつ」を親父と一緒に見て話したかったんだよなぁ(T_T)。
入ってるかどうか分かんないけど、王子にあった工場から第三京浜通って横浜方面まで大型ダンプで原料運んでたりしたんだぜと、得意気に話していた親父が見たであろう風景は果たして入っているだろうか。
焼け野っぱらだから工場から向こうまで見通せたと言ってたっけ。
その頃ってのは、会社は違うけど、みんな生活が大変だったから、横浜だか川崎のほうでは東芝争議で生産管理闘争と称して鍋や釜がつくられてた頃か?と言ったらびっくりして親父・・・たろじゃあの大学生の頃。
色々なことを想起させる写真集になるに違いない。
今度お袋の所に行くときに持ってって、親父の写真の前で少し話をしてもらおう。

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