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October 07, 2007

ア・イ・シ・テ・ルのサイン・・・予想してた「未来」との終わりなき微積分(TT)

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平成元年入社というのは、まあ、なんだ、バブル入社のひとつの頂点な訳だな。
その年の年末に4万円近くにいっていた日経平均がガクンと暴落するのだな。
翌年入社もまだバブル入社組なわけだが、この暴落からの数年間というのはそうはいってもまた騰がるだろうという部分となんか変だよな・・・って感じは少し漂いはじめてたんじゃないかなあ、今思うと。
んでな、そんな浮かれた話をするつもりは毛頭なくて・・・。
なんか吉田美和ちゃん、可哀想やなあ・・・と思てな。
愛してる人がいなくなるっちゅうのはしんどいだろうなあと。
そんな中で思い出したのが、未来予想図Ⅱの話で。
遥か昔のことであるが、

上記平成元年入社組が飲み会とかで二次会にカラオケ行くと誰かが必ずドリカムの「未来予想図Ⅱ」を唄う訳だ。
ろじゃあは、恥ずかしながら最初はこの唄知らないでな。
彼ら皆ろじゃあの年下だから、大学生の時にこの唄当たり前のように聴いてたんだろうね。
研究室と仕事場でなんだかんだとあんまり遊びも楽しみも少なかったろじゃあからするといいなあって素直に思ったもんよ。
んで、この唄、聴けば聴くほどいいんだな。
もちろん、今でもドライビングライセンスを持っていないろじゃあからすると、ブレーキランプでア・イ・シ・テ・ルのサインなど当然実践する機会すらなかったわけだけど(苦笑)、

その当時の段階で長ぁ~く付き合ってきた女(ひと)と入社前の時点ではすでに結婚してた
身からすると、結構
「予想してたかもしれない未来」の「現在」
の状況からこの唄に接することができたりしたので妙に気に入っちゃったんだよね。
それ以降、とりたてて練習することもなく自然とカラオケとかカラオケパブで唄うようになってったんだよね。
あんまりこの話は相方には直接話したことはないんだけどさ(照)。
ただ、歳とると、この未来予想図というのはだんだんと現実との乖離が増えてくる場合も多く、そのたびごとに予想図の修正をしないといけなくなることも多い訳で。
それでもこの歌うたうと、修正してでも未来は一緒に考えないといけない部分はあるよなあとは思えるところはある訳で。
こんな歌を若い段階で作れる才能ってのはすごいよなあ・・・と思ったもんだったのだなあ。
んで、この歌をベースに映画がつくられたんだってね。
未来予想図・・・ア・イ・シ・テ・ルのサイン
時期的には彼女にとっては微妙なんだろうねえ・・・新曲も書き下ろしてリリースしてたわけだし。
早く元気になって欲しいと思います。

でも、40を超えてこの歌を唄うとだんだん泣きのほうが比重が増えてきたような気がするなあ、自分自身。
いままで予想しながら到達できた分と出来なかった分を仕分けて、気分的に生き続けられるためにまた未来の図を紡いで・・・でもこれがだんだん辛くなって来るのも40代。
選択肢が減っていくのも40代。
相方にも筆舌に尽くしがたい苦労と不義理を・・・情けない話だなあ。
まあ、そんでもまだ恥ずかしげもなくろじゃあみたいな不細工がこの唄えてるってのは外から見たらどう映るかは別にして(苦笑)、まだ、

予想してた「未来」と「現実」について微積分を続けながら、これからの「未来」について予想
をまがりなりにも続けているということなんだろうから、まあ、健全なのかもしれないなあと思っている。
休みの日に不意に高熱が出るとこんなことも考えちまったりするんだわ・・・、やはり歳だな(苦笑)。
熱さまし買ってこないとなあ・・・ごへぼほ(泣)

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