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January 29, 2008

備忘録:ときどき古典が読みたくなる(しかもかなり偏りあり?(^^;))

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なんとなくね。

をのこやも空しかるべき萬代に 語りつぐべき名は立てずして
あとひとつはこれかな。
世間乎 宇之等夜佐之等 於母倍杼母 飛立可祢都 鳥尓之安良祢婆
そしてちょっと長いからまあ続きの部分で・・・

久しぶりだわ、これ読んだの。

風雑(まじ)り雨降る夜の雨雑り雪降る夜は、すべもなく、寒くしあれば
堅塩(かたしほ)をとりつづしろひ、
糟湯酒(かすゆざけ)うちすすろひて、
しはぶかひ、鼻びしびしに、しかとあらぬ、ひげ掻(か)き撫でて、
我れをおきて人はあらじと誇ろへど、
寒くしあれば麻衾(あさぶすま)引き被り、
布肩衣(ぬのかたぎぬ)ありのことごと着襲(きそ)へども、寒き夜すらを、
我れよりも貧しき人の父母は、飢ゑ凍ゆらむ、
妻子どもは乞ふ乞ふ泣くらむ、
この時はいかにしつつか、汝が世は渡る

天地は広しといへど、我がためは狭くやなりぬる、
日月は明しといへど、我がためは照りやたまはぬ、
人皆か我のみやしかる、わくらばに人とはあるを、
人並に我れも作るを、
綿もなき、布肩衣(ぬのかたぎぬ)の海松(みる)のごと、
わわけさがれる、かかふのみ肩にうち掛け
伏廬(ふせいほ)の曲廬(まげいほ)の内に、
直土(ひたつち)に藁(わら)解き敷きて、
父母は枕の方に、妻子どもは足の方に、囲み居て憂へさまよひ
かまどには火気吹き立てず、甑(こしき)には蜘蛛の巣かきて、
飯炊くことも忘れて
ぬえ鳥の、のどよひ居るに、
いとのきて、短き物を端切ると、いへるがごとく、しもと取る、
里長(さとおさ)が声は寝屋処(ねやど)まで、来立ち呼ばひぬ
かくばかり、すべなきものか、世間の道

はい、気分転換終わり。
夜中に音読するから意味がある。
まだまだ・・・だよね(苦笑)。
自分の存在意義を考えるとき、自分の立場だけで考えればよい仕事もあるだろうが、そうもいかない仕事もある。
そういう場合の他者の気持ちを忖度する視線は確実に希薄化する。
だから・・・情けないことになる。
まあ、然るべく。

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